自然放射線は有益?

やはり正しい方法を用いないと正しい結果は得られない。

放射線は少しは浴びた方が体によい?

少量であれば放射線はよい刺激となって健康によいと聞くけど、本当ですか?

ホルミシス効果じゃな。
このような図でよく説明されておる。

図 米国における州別のがん死亡率と自然バックグラウンド放射線との関係

線量が高い程、がん死亡率が低くなっているみたいだ。
少しの放射線はがんを防ぐのかな。

いやいやそう考えるのは早計じゃ。
コーエン先生の地域相関研究をよく見てみよう。
この研究は、ホルミシス説の有力な支援データであり、LNTモデルを反証するデータとされている。

Cohenの主張は現在のところ少数意見であるが,放射線のホルミシス効果である可能性は捨てきれない。
という文章(pdf file, 236kB)がありました。
コーエン先生はどのように主張しているのですか?

コーエン先生のデータ

まずコーエン先生の論文(1995)の図を見てみよう。

室内ラドンのレベルが高いほど、肺がんによる死亡率が低い傾向があるように見える。
やっぱりラドンは体によかったのか…
いやいや喫煙の影響があるのかもしれない。

そうやってデータを吟味することが疫学では重要じゃ。
喫煙は集団として補正しておる。
地方の方がラドン濃度は高く喫煙率が低い傾向にあるそうじゃ。
層別に集計しても傾向は同じだったので交絡因子の存在は考えがたいというのがコーエン先生の主張じゃ。

層別化するのであれば人種差も配慮するとよいのかもしれない。

群別のデータ

その発想で調べたのが、Puskin先生による再解析じゃ。白人男性を対象にして屋内ラドン濃度と肺がん死亡率の関係を群別に調べておる。

ばらつきは大きいが、確かに、ラドン濃度が高い郡の方が肺がん死亡率が低い傾向にあるようだね。
ますますコーエン先生の主張が正しいように思えてきた。

コーエン先生の主張の背景を論文のイントロから拾ってみよう。
(1)低線量のリスク係数が相対的に小さいであろうことを支持する実験科学データ提示されている。
(2)LNTのために100億ドルのコストが原発に支出され、施設廃止のクリーンアップに150億ドルもの大金が必要になる。
と主張されておる。

(1)は、放射線生物の研究がどの程度リスク評価に影響を与えるかのお話になりだけど、ヒトで証明されていないと、それは不明となってしまいそうだ。
(2)は、リスク推計の不確かさを小さくすることにより、どの程度、不要な規制コストを削れるかということになりそうだね。
原子炉の廃炉のコストはリスク管理上必要と言うより、住民の理解が得られないということになりそうだけど、それもLNTのせいだとすると、そのロジックが社会心理学的に本当かどうか検証してもよいのではないだろうか。

Ecological fallacy

公衆がゼロリスクを追求しているというのは、必ずしも正しくないので、そう思い込んでいるとしたら戦略を考え直してもよいのかもしれない。
さて、コーエン先生に地域相関研究への批判は、Ecological fallacyという概念でまとめられる。
地域相関研究で得られたデータの科学的根拠の質には限界があるというものじゃ。

地域相関研究は、地域ごとの特性比較することで要因を明らかにしようとするもので、とっかかりとしては、まず検討してみようとなりがちだと思うけど、どんな問題があるのかな?

Lubin先生によるEcological fallacyの説明じゃ。
A positive association for radon and lung cancer at the individual level can be easily transformed into an observed negative relationship between lung cancer rates and mean radon levels at the county level through simple manipulations of the within-county correlation between smoking and radon
例えば、肺がん閾値が平均組織吸収線量10 mGyだとして、
A郡:全員が9 mGy
B郡:1人が11 mGyで他は0 mGy
だとすると、
A郡:誰も発症しない
B郡:一人発症する
となるが、B郡の方が曝露平均は小さいというものじゃ。
これに対して、コーエン先生は、LNTに従うと生態学的誤謬は起こりえないという立場だ。

でも、集団内の分布の特性が、集団間で異なっていると、Ecological fallacyが起こりそうだ。
喫煙の影響はどうですか?

交絡因子としての喫煙

集団で見ると、ラドンは非喫煙者より喫煙者に大きな影響を及ぼすので、集団によって喫煙状況が異なるのであれば、ラドン・レベルは喫煙で補正すべきというのは当然ありえる批判じゃ。
それに対して、コーエン先生は、郡平均の肺がんリスクへの寄与重み付けラドン・レベルは2%程度は変化するかもしれないが、その影響は限定的という立場じゃ。

喫煙者はより頻繁に室内を換気するはずだから、換気により屋内ラドン濃度が低くて、肺がんリスクが高いということもありそうな気がする。

喫煙者の屋内のラドン濃度は非喫煙者に比較し平均で0.9程度と大きく低下していないから、その影響は限定的というのが、コーエン先生の立場じゃ。

データはどうなっていますか?

Heath先生により調べられた、群別の喫煙率とラドン濃度の関係じゃ。

喫煙率が高い群ほどラドン濃度が低い傾向にありそうだから、喫煙者はより頻繁に室内を換気してラドン濃度が低減しているという仮説とは一致しそうだ。

喫煙では、地域集積性も指摘されておる。
海岸沿い地域の低ラドン地域は喫煙割合が高いことが知られている。

色々と考えないといけないんだね。
リタイア後に転居するという影響はどうですか?

肺がん発症に寄与した曝露を受けた地区と発病後過ごした地区が異なると結果に影響を与えうる。
リタイア後にはフロリダ、カルフォルニア、アリゾナに移動することが考えられるが、これらのデータを除いても結果に影響がないというのが、コーエン先生の立場じゃ。

発病後に都会(低ラドン)の病院に入院すると、見かけ上、ラドンと肺がんに逆相関が生じうるのではないかなど、色々と考えたくなるね。
測定値の不確かさが結果に偏りをもたらすことはないのかな?


ラドン濃度推定の不確かさ

回帰直線は外れ値の影響を受けやすいが、コーエン先生の立場は、外れ値かもしれないデータを除いても同じ傾向であるというものじゃ。
もっとも、平均的な集積ラドン濃度を指標として用いた場合に、濃度分布や平衡ファクタの違いが与える影響の方が大きいかもしれない。特に鉱山では、平均的な集積ラドン濃度は高いが、換気頻度が高く、子孫核種が少なく平衡状態がずれているので、内部被ばく線量が相対的に小さくなっている可能性がある。

肺がん死亡率の不確かさ

郡毎に診断の正しさが異なると結果に偏りを生じさせないだろうか?

あったとして偏りを生むかどうか不明というのがコーエン生成の立場じゃ。

非都市部(高ラドン)では正しく肺がんと診断される確率がより小さいとすると逆相関になりそうだ。
人口サイズが小さい(高ラドン)と期待死亡数が1未満になってしまって肺がん死亡が観測されづらいようにも思うけど、どうかな?

人口規模で逆重み付けしても結果は変わらないとするのがコーエン先生の立場じゃ。
小集団では極端に偏った分布の値が得られず、見かけ上、平均値が小さくなる可能性を指摘している。
しかし、人口サイズが小さい地域集団から得られる死亡率の平均値は外れ値の影響を受けやすい小集団でたまたま死亡者が多いと死亡率がうんと高くなる。その反面、もともと死亡率が低いと小さい側の外れ値は出ない。

小さい自治体ほど偶然変動の影響を受けやすくて、小集団内の代表値は外れ値の影響を受けやすいということですね。
ラドン濃度レベルの高い郡は、人口サイズが小さいので、集計して得られた死亡率の平均値は、偶然変動により見かけ上高くなる可能性がありそうだ。
肺がんに大きな影響を与える喫煙割合推定の不確かさは結果に影響を与えないのだろうか?

喫煙割合推定の不確かさ

低ラドン地区は喫煙者が多いのであれば、逆相関を導きうるし、喫煙者がより頻繁に室内を換気するのでは、同様に逆相関を導きうる。
コーエン先生の立場は、肺がん死亡への喫煙の補正はほとんど影響を与えないというものであり、その根拠として、州毎にデータがあるたばこ販売量を、州内の郡に外挿しても結果が変わらないとしておる。
同じ州内でも郡内で違いそうという素朴な疑問を持つかもしれないが、だとしても結果には大きな影響を与え得ないというのが、コーエン先生の立場じゃ。

喫煙状況は、個人での差が大きいので、集団での代表値で扱うと、影響を正しく見いだせないことも考えられそうだね。
肺がんやラドン濃度に影響を与えそうな、社会経済要因の交絡はどうですか?

社会経済要因の交絡

全てのサブグループでラドンレベルと肺がんリスクの逆相関が見られ、かつ、誤って逆相関を導いたとする候補となりうるものなしとするのが、コーエン先生の立場じゃ。
社会経済複合要因の交絡でも、誤って逆相関を導いたとしても、その寄与は10%程度に過ぎないとしておる。

解析対象の郡を層別化しても、その補正には限界がありそうだ。
地理的要因の交絡はどうですか?

地理的要因の交絡

ラドン濃度のデータが増え、データの精度は増しており、州別の解析でも傾向は同じなので、その影響は限定的というのが、コーエン先生の立場じゃ。

各州に共通するバイアスは検出不能で、地域相関研究の限界を超えるのは困難なので、どの程度のバイアスが取り除けるかが、正しい結論にたどり着く鍵になりそうだ。

当初の研究では、希望者を募ったためバイアスがかかるというサンプリングにも問題があったことが考えられておる。

気象要因の交絡はどうですか?

気象条件が特有の州を除いても解析結果は変わらないので、その影響は限定的というのが、コーエン先生の立場じゃ。

ラドン濃度と喫煙の関係

ラドン濃度と喫煙の関係はどうですか?

低収入・低教育層は喫煙割合が高いことが知られているが、ラドン濃度は収入や教育レベルに関係ないので、(1)都市部は地方より25%ラドン濃度が低い、(2)喫煙者の家のラドン・レベルは換気のため非喫煙者と比べると平均で0.9、ということを考慮しても、この因子の影響は極めて限定的であるというのが、コーエン先生の立場じゃ。

Puskinの批判

では、疫学者の反論を見ていきたいと思います。

Puskin先生は、ラドンではなく、口腔がんの死亡とラドン濃度との関係を示しておる。

口腔がんでも、肺がんと同じように屋内ラドンとの逆相関があるということですね。

喫煙者が多いと低ラドン地区になる。
低ラドン地域はたばこ由来のがんが多い。
従って、たばこが交絡因子と考えられるという反論じゃ。

コーエン先生の気持ちになると、ラドンは肺がん予防以外にも有用かもしれないと再反論しそうだね。

それに対して、Puskin先生は、口腔がん以外のタバコ関連腫瘍でも調べている。

「たばこ誘発がん」の死亡率はラドン濃度が低い地域ほど高いという興味深い結果ですね。

・ラドンとたばこ関連がんと関係の差異は、たばこの寄与割合に依存する
・平均ラドンレベルは過去の曝露の指標としては不適切
・ラドンとたばこは肺がん発症に相乗的なのでラドンと肺がんの逆相関は強化される(Lubin1988)
と言うのが、Puskin先生の解釈じゃ。

他にはどのような反論がありますか?

Heathらの批判

Heath先生の批判を見てみよう。

Cohen先生と同じ方法で再分析して、ラドン濃度と喫煙割合と肺がん死亡の関係を見ておる。

肺がんリスクが増加するのは100 Bq/ m3以下で、175 Bq/ m3以上は不確かさが大きく、その間は平坦という結果ですね。

不確かさが大きく、ラドンと肺がんに正の相関があるのか負の相関があるのかを判定できず、これらのどちらの仮説ともコーエン先生のデータは矛盾しないとも言えそうじゃ。

Lagardeらの研究

個別のデータをあえて集合的に評価しても、同じ結果が得られるかどうか確認するのはどうだろうか?

そのアプローチが、Lagarde先生の研究法じゃ。
生態学的研究は方法論的な限界がありコーエン先生らの解釈は批判されているが、
コーエン先生らの解釈は放射線ホルミシスの証拠と称され室内ラドンの規制整備に影響を与えている現状にある。
そこで、Lagarde先生らは、スウェーデンで行われた症例対照研究(Pershagenら、1994)を集合データとしても処理し研究方法の違いを比較したのじゃ。

別のデータを使い、コーエン先生とも同じ方法で解析したというのは、興味深いね。

方法

症例は1、360人の肺がん患者
対象は2,847人の非肺がん患者
ラドン濃度は3ヶ月間測定
各住居で2室を計測
電話調査で喫煙や生活習慣を把握
居住時間を考慮しラドン濃度を評価

この症例対照研究をあえて地域相関研究的に解析したのですね。
結果はどうでしたか?

方法

症例が10人未満は解析対象外としておる。

全体としては、症例の平均屋内ラドン濃度が111 Bq/mm3で、
対照の平均屋内ラドン濃度が94 Bq/mm3だから、コーエン先生の研究と同じく、ラドンが高いと肺がんが抑制される結果のように見受けられるね。
しかも、各郡別でも症例の方が濃度が高い傾向にある。

このデータからは、集団の平均値で比較すると、コーエンと同様に、肺がん発症家庭の方がラドン濃度が高い傾向にありそうじゃ。

しかし、驚くべきことに、症例対照研究では、ラドン濃度が高い方が肺がんリスクが高いという結果であったのだ。
集団のデータと個別のデータでは結果が逆となった訳だが、
緯度で補正すると結果が一致することから、疾患の発症は地理的な分布も関与していることが考えられるのかもしれない。

同じデータでも解析方法で結果が異なってしまい、地域相関研究は誤った関係性を見かけ上表すということは、研究は方法が大切という基本が大事なことを示していそうだ。

コーエン先生の信念

コーエン先生のモチベーションを考えると、
・しきい値なしの直線仮説はモデルとして単純であるが、その単純さゆえに人々に不安をもたらしている。
・大気汚染の例でいえば、これ以下ならば影響はないといい切ってしまった方がよいし、人々も影響はないと信じている
と、ありがちな考え方で、共感する専門家も少なくないと思う。

でも、そもそも、LNTは、単に、少ない曝露ではリスクが小さいことを示しているに過ぎないし、閾値があるかどうかはリスク認知に決定的な影響を与えるものでもないから、LNTが正しいかどうか吟味するのではなく、実効性のあるリスク・コミュニケーションが成り立つように取り組むことが必要となりそうだ。
では、結論をお願いします。

コーエンの研究でラドンと肺がんに逆相関があると結論づけるのは、困難。
しかし、完全に誤っていて負の相関はないと結論づけることもできない。
結果の解釈では、まだ、未知の交絡因子が関与している可能性は否定できない。
低レベル曝露の発がん影響は大きさが限られるので交絡要因の影響を受けやすい。
大規模研究で、喫煙、飲酒、食事、運動などの生活習慣や感染症などの情報を収集するにはコストが莫大で、データの質の確保が難しい。
しかし、科学的な根拠を得るには質の高い疫学研究を行うしかない。
その研究が社会にとって必要かどうかは、どの程度のインパクトを社会に与えるかで決定される(リスクを取って研究に参加するかどうかではなく、リスクを取った研究を実施するかどうかの決め方も重要)。

参考図書

トンデモ科学の見破りかた
――もしかしたら本当かもしれない9つの奇説
ロバート・アーリック 著 /垂水雄二 訳 /阪本芳久 訳

ラドンのリスクに関する解説サイト

屋内ラドンのリスク

WHOのハンドブック

WHO.ラドンハンドブック
第5章ではリスクコミュニケーションが扱われています。
第4章では規制影響分析が扱われています。

自然放射線の全国分布地図情報

日本地質学会

日本の自然放射線量

OECD/NEA

Information System on Occupational Exposure for National Radon Programmes

放射線ホルミシス?

中村 典先生による解説((公財)放射線影響研究所主席研究員)

労働者保護

USTUR Database

記事作成日:2011/02/16 最終更新日: 2017/01/14