In dreams begin the responsibilities (イェーツ)

想像力のないところに責任は生じない(村上春樹「海辺のカフカ」)

国立保健医療科学院・生活環境部長
鈴木 元

“In dreams begin the responsibilities”音に出して読んでみると、詩人イェーツのこの言葉は大変美しい響きがある。“In dreams begin the responsibilities”どのような前後関係でこの言葉が発せられたのか、私は知らない。平たく訳せば、「夢の中から責任は生ずる」、あるいは、「(実行していなくとも)夢で考えたときに既に罪は始まる」となろう。それは恐らく宗教的あるいは倫理的規範を語っている言葉であろう。
“In dreams begin the responsibilities”村上春樹は、このイェーツの言葉を逆説的に捉え、小説「海辺のカフカ」の中で、ナチス・ドイツのアドルフ・アイヒマンが示した罪の意識の欠如を説明するために用いている。アイヒマンは、ヒットラーからユダヤ人1,100万人の「最終処理」という課題を与えられた。アイヒマンは、テクノクラートとして経済的で効率的な「最終処理」計画立案に没頭し、移送計画、収容所、ガス室などのシステムを設計した。裁判に際して、アイヒマンは最後まで自分の罪を自覚することはなかったという。すなわち、自分の考えた計画により600万人ものユダヤ人が抹殺されたという事実を突きつけられても、自分の罪あるいは責任の範囲としてその事実を「想像」することができなかったのである。仮にアイヒマンに「想像」する力があったなら、恐らく計画立案の段階で既に自分の罪あるいは責任を感じ取っていたであろう。
“In dreams begin the responsibilities”このイェーツの言葉を噛み締めているとき、ふと、これは危機管理の要諦を表す言葉だと思った。300回のヒヤッと事象、29回のハッと事象が重なり、最終的に重大事故が発生するといわれる。日常的なシステムの中に、どの様な欠陥や不備が潜んでいるのかを「夢想」あるいは「想像」できなければ、欠陥や不備を示唆する小事象に遭遇しても、そのサインは見過ごされる。まさに、「想像力のないところに責任は生じない」し、「想像力のないところに責任ある対策は生じない」のである。
“In dreams begin the responsibilities”全ての健康危機管理に携わる人々に、イェーツの言葉を座右の銘として推薦する。
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厚生科学WEEKLY
2006.12.1(275号)巻頭言
監修:大臣官房厚生科学課

記事作成日:2010/04/30